[ブログ]【第7回 漢方歳時記・島原の精霊流し──鎮魂と郷土の誇り】

2025/08/01

毎年8月15日、お盆に行われる精霊流しといえば長崎市の華やかな精霊船が全国的に知られていますが、同じ長崎県内でも、私の故郷である島原市には独自の様式と精神性を持った精霊流しの文化が今なお息づいています。島原の精霊流しは、初盆を迎える家のために、町内や親類、友人たちが連帯して灯籠を寄進し、それらを一本の「藁舟」に結びつけて形作るところから始まります。

この藁舟には、故人の魂を導く灯りとして蝋燭が灯され、町内の仲間や帰省してきた若者たちによって担がれます。合図と共に「なまいどー、なまいどー」と、南無阿弥陀仏を崩した独特の掛け声を発しながら練り歩き、爆竹の音がその場を華やかに彩ります。精霊船を担ぎながらの道中は、時に走り、時に止まり、祭礼でありながらどこか勇壮な武者行列を思わせるような熱気に満ちています。

この精霊流しは、町内の通りを抜け、やがて海岸前の広場へと到達します。そこでは読経が流れ、般若心経の声が夜の静寂に響きます。そして最後には、担がれてきた藁舟が海に向けて流されます。暗い海の上を漂う灯籠の灯は、まるでこの世とあの世をつなぐ架け橋のように幻想的であり、見る者の心を静かに打ちます。

島原の精霊流しは、他地域のように車で押すのではなく、人が全身の力を込めて担ぎ、走り、海へと向かうのが大きな特徴です。これには、ただの祭礼行事ではなく、亡き人の魂を真摯に見送り、現世からあの世へと送り出すという強い祈りと覚悟が込められているように感じられます。

この文化には長い歴史があります。島原藩の時代から、人々は祖先の霊を供養するための様々な形を受け継いできましたが、特に精霊流しは、地域の結びつきや世代を超えた共同作業の象徴として残っています。高齢化が進むなかでも、島原では「お盆は皆で精霊船ば担ぐぞー」という精神が今も続いています。若い世代が帰省して力を貸し、町内の高齢者とともに一艘の舟を担ぐ姿は、郷土への誇りそのものであり、日本人の死生観とつながる深い文化でもあります。

筆者も、2019年、前の年に亡くなった父の初盆の際、この伝統の中に身を置き、灯籠を積んだ藁舟を担ぎ、爆竹の音とともに町を練り歩きました。そして最後に海へと送り出し、自らも途中まで泳いでその背を見送りました。闇に浮かぶ灯りは、まさに父の魂の象徴であり、私たちを見守る存在として心に刻まれました。

島原の精霊流しは、哀しみの中に明るさと力強さを兼ね備えた鎮魂の儀式であり、私たちの故郷の魂を映し出す大切な文化です。今年もまた、お盆が訪れ、町のどこかで「なまいどー」の声が響くことでしょう。そして空の上から、故人たちは笑顔で私たちを見守っているに違いありません。

みなさま、お盆はゆっくりと休んで、猛暑の疲れを少しだけ癒してください。

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