[ブログ]【第3回 漢方歳時記・梅雨と湿邪、そして五苓散のちから】

2025/05/25

梅雨の季節が近づくと、空気は湿り、体も心も重だるく感じられるようになります。東洋医学では、こうした「湿気」による不調を「湿邪(しつじゃ)」と呼び、体内の「気・血・水」の巡りを滞らせる大きな原因と考えます。

 梅雨時に特に現れやすいのが、頭重感、倦怠感、食欲不振、胃腸の膨満感、下痢、むくみなど。「脾は湿を嫌う」と言われるように、湿邪は消化吸収を司る脾胃(胃腸)の働きを鈍らせるため、内側から不調を招きやすいのです。

 こうした症状に用いられてきた代表的な処方が「藿香正気散(かっこうしょうきさん)」です。芳香性のある藿香、紫蘇、厚朴などを中心に、胃腸を温め、湿気を発散させる生薬が組み合わされ、まさに“湿気による感冒や胃腸障害”に特化した古典的な方剤といえます。

 もう一つ、現代でも広く使われる処方が「五苓散(ごれいさん)」です。利水作用に優れ、体内の“余分な水分”を調整するこの方剤は、むくみ、下痢、めまい、二日酔いなど、水分代謝のトラブルに多く応用されます。興味深いのは、五苓散の働きが、現代医学の研究により「**アクアポリン**(水チャネル)」の発現に関与する可能性が示されている点です。アクアポリンは細胞膜を通して水分を移動させるたんぱく質で、五苓散の服用によりこれらの発現が調節され、体内の水の動態が改善されることが示唆されています。

 また、この季節に見落としがちなのが「冷飲食のとりすぎ」による影響です。冷たい飲み物やアイスクリームなどは、暑さをしのぐつもりで口にしても、かえって脾胃を冷やし、湿を内にこもらせやすくなります。梅雨の体調不良が長引く原因の一つは、この「内湿」にあるとも言えるでしょう。

 湿気に囲まれるこの季節こそ、余分な水を排出し、胃腸を整える養生が大切です。温かい飲食を心がけ、適度な運動や入浴で発汗を促し、巡りの良い身体づくりを意識しましょう。漢方の知恵は、梅雨の重苦しい季節をしなやかに乗り越える手助けとなってくれるはずです。