[ブログ]第74回日本東洋医学会総会 その3

2024/05/29

第74回日本東洋医学会総会 その3

補血とは何かー四物湯を解剖するー

四物湯は当帰、芍薬、川芎、地黄という四味の生薬からなるシンプルな処方で、傷寒論の処方ではないものの、私たちの日常診療においては欠かすことのできない大切な方剤です。しかし、四物湯という処方は隠れるのが上手で、その存在を大きくアピールすることはなく、いろいろな処方の中に身を潜めその処方を支えています。

 四物湯は顔色が青白い、舌が淡、目がかすむ、手足が痺れる、頭がボーとして、ときにめまいがする血虚証といわれる病態を治すなどと説明されています。しかしそれを聞いて、あーなるほどと納得するでしょうか。あまりに『漠』とした存在、それが四物湯です。女性医療だけでなく、四物湯の応用範囲は実に広く、象の鼻や尻尾をみるように全体像のわかりにくい処方です。しかし、近年様々な症例報告をとおして、パズルのピースがずいぶんそろってきたように感じています。

 それならば、ばらばらにみえるパズルのピースあわせを一回やってみよう。そうしたら四物湯の本当の姿をみることができるのではないか。今がチャンスだと思いこのシンポジウムを企画しました。

 

補血とは何かー四物湯を解剖するー

     座長 峯尚志、梁哲成

コーディネーターよりひとこと 

   峯尚志 峯クリニック

パート1 四物湯総論

四物湯の秘密 プロローグ(10分)本編(20分)  

梁哲成  やんハーブクリニック

四物湯の君薬当帰を知る-当帰をはぐくむ古都奈良の取り組み- (20分)

西原 正和  奈良県薬事研究センター

四物湯はどこから来てどこに行くのか 四物湯の来歴を問う (20分)

  松岡尚則  高知中央クリニック

パート2 臨床の現場より四物湯に迫る

女性医療と四物湯(15分) 

別府正志 東京医科歯科大学臨床教授

めまいと四物湯 (15分)

千福 貞博  センプククリニック

~トイレ休憩~(5分)

神経障害性疼痛に対する漢方方剤 (15分)

平田 道彦  平田ペインクリニック

こころの危機の時代と四物湯の意義 (15分)

田原 英一  公立大学法人福島県立医科大学会津医療センター漢方医学講座

自閉スペクトラム症の中核症状治療のパラダイムシフトとなった四物湯 (15分)

川嶋 浩一郎  つちうら東口クリニック

がん治療における四物湯の可能性~十全大補湯の免疫薬理作用から考察する~(15分)

早川 芳弘  富山大学 和漢医薬学総合研究所

おわりに(10分)  

  梁哲成、峯尚志

パート1 四物湯総論

四物湯の総論を沖縄の梁先生にお願いしました。梁先生に「四物湯の秘密」という内容でお話をいただきます。

次は薬事研究センターの西原正和先生に四物湯の中の当帰という生薬の栽培についてお話いただきました。奈良県は日本における生薬栽培の要所であり、奈良でつくる当帰は大和当帰と言われ、優れた品質で有名です。大和当帰の栽培・調製加工では,伝統的な手法が今でも受け継がれており、その工程は,芽くり,はざかけ,湯揉みというように我が子を育てるように手間暇かけてつくられており、栽培にまつわるお話をいただきます。

次の演者、高知中央クリニックの松岡尚則先生 には四物湯の来歴についてお話いただきます。四物湯は宋の時代の和剤局方に最初に登場する処方で、漢の時代に著された傷寒論には四物湯の処方はありません。しかしほぼ同時代の金匱要略には芎帰膠艾湯があり、四物湯がまるごと入った処方が存在していました。四物湯誕生までの物語を語っていただきます。

 

パート2 臨床の現場より四物湯に迫る

 パート2ではいよいよ四物湯の臨床応用についてのお話です。四物湯が具体的にどのように使われるのか、四物湯の解剖がいよいよ始まります。

トップバッターは 東京医科歯科大学臨床教授の別府正志先生から女性医療と四物湯と題して不妊治療における四物湯にスポットを当ててお話しいただきます。四物湯は女性医療に欠かせない方剤でホルモン調整作用を持つ四物湯の役割や臨床応用についてお話しいただきます。

次はセンプククリニックの千福貞博先生に「めまいと四物湯」のテーマでお話いただきます。千福先生が紹介されるのは連珠飲という江戸時代の本間棗軒はよく用いた処方で四物湯と苓桂朮甘湯の合方になります。苓桂朮甘湯は脾胃を中心に水を巡らす処方で、そこに補血作用を持つ四物湯をあわせて、血と水の双方からめまいにアプローチする処方です。四物湯は後世方の処方で苓桂朮甘湯は傷寒論、金匱要略の処方、時代の異なる二つの処方を合わせたところに和の心を感じると千福先生はおっしゃっています

次は「神経障害性疼痛に対する漢方方剤」と称して平田ペインクリニックの平田道彦先生にお話いただきます。平田先生は痛み領域における漢方治療の第一人者です。平田先生は痛み治療において四物湯は欠くことのできない方剤だと言われます。四物湯を含む疎経活血湯や大防風湯、エキス剤にはありませんが加味四物湯、十味挫散、調栄湯といった痛みに用いられる処方は処方構成にすべて四物湯を含んでいます。痛みに対して西洋学では消炎鎮痛剤、オピオイドなどが用いられますが血を補うという栄養作用を持つ方剤が痛みに効くということはまったく驚くべき事です。四物湯は神経障害性疼痛という末梢神経の障害に効くことが近年明らかにされつつありますが、これからのシンポジストの先生の報告からも分かるように四物湯は末梢神経のみならず中枢神経に対しても栄養作用を持ち、中枢末梢両面から痛みにアプローチできる処方であると峯は考えています

次は「心の危機の時代と四物湯の意義」と題して公立大学法人福島県立医科大学会津医療センター漢方医学講座教授の田原英一先生にお話をいただきます。こころに対する四物湯の応用は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に対するフラッシュバックに、四物湯合桂枝加芍薬湯が有効であるという神田橋條治先生の報告から有名になりました。

田原先生は、四物湯は、ストレスに対する抵抗力を増し、集中力、判断力を回復し、うつや不安といった精神症状を改善する可能性が示唆されるとされ、四物湯により低下したコルチゾール値が改善した例を報告、視床下部ー下垂体―副腎機能を回復する可能性について述べておられます。

さて、次はつちうら東口クリニックの川嶋浩一郎先生に「自閉スペクトラム症の中核症状治療のパラダイムシフトとなった四物湯」という演題でお話いただきます。自閉症の中核障害である対人コミニュケーション能力の改善に効果のある薬というのは未だ報告が無く、四物湯やその加減法が効果があるというのは、まさしく四物湯によって自閉症治療のパラダイムシフトが起こっていると川嶋先生はおっしゃっています。自閉症では脳内セロトニントランスポーターの発現低下が報告されており、四物湯は脳内エストロゲンの増加を通してセロトニントランスポーターの発現を促進しているものと考察されています。

 最後は、富山濁学和漢医薬研究所教授の早川芳弘先生による「がん治療における四物湯の可能性~十全大補湯の免疫薬理作用から考える~」の発表です。四物湯の加減法のひとつである十全大補湯が免疫賦活作用を通して抗腫瘍免疫応答を活性化するという報告は昔からありますが、その免疫活性の中心が四物湯にあるという報告をいただきました。がんの免疫にも四物湯が作用するという報告です。

 以上のように四物湯は婦人科領域だけで無く不安、抑うつなどの精神の不調、めまい、痛み、自閉症、がんに至るまで四物湯が多彩な作用を持っていることが分かりました。

そして四物湯の作用解明の鍵は「四物湯は脳に効く」ということだと思っています。

四物湯の解剖は体表からメスが入ったばかりですが、血の生化学的な解明が進むことが四物湯を解法として使う道しるべとなると考えています

同時に生薬学、古典、臨床、基礎医学あらゆる面からの四物湯の研究がさらに進んで行くことを望みたいと思います。