治療の勘所
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- 望
- 薬
- 向
- 鍼
- 順
- 流
- 補
- 瀉
動物の目で証を見極める
東洋医学の物差しでみた患者さんの診断を「証」といいます。患者さんが今、どのような状態かをいいます。その状態については、肌が乾いて、脈が浮いているとか、うわごとをいうとか、いろいろなことが書いてあります。しかし、病態の本質というものは、教科書通りに表れないことの方が多いのです。息をひそめて毛穴を開いて、一匹の動物として、患者さんの息遣いを感じながら、観る。目でみているようでみていない。全身でみる。そして患者さんからの無言の信号を受け取る。その信号が「証」だと思っています。時にはそれまでの情報をすべて捨てて、動物の目でみた証に従って治療をします。臨床医は知性と教養の他に、動物的な目を持つ必要があるのです。
一味の妙
桂枝湯という風邪の処方に、膠飴という水あめを加えると、お腹の処方に変わります。腸の粘膜を潤して修復し、腸が栄養を吸収するのを助けます。黄耆という生薬を加えると、吸収した栄養を皮膚まで届け、皮膚の治る力を助けます。動悸を治す処方のナツメを増やすと自律神経が安定して動悸が改善します。飴やナツメのような食べ物にもなるたった一味の生薬が、処方の働きをがらりと変え、治す力を大いに高めてくれる。どの一味を選ぶか。そこに漢方医としての経験と勘が生きると思っています。
東洋医学で薬を削るということ
薬というのは毒薬だという考え方があります。よく効く薬ほど副作用も強い。そして強い薬というものは、生体の主体性を奪う傾向があります。私あっての薬でなく、薬あっての私というわけです。毒薬の使用は短期間にとどめ、なるべくシンプルな処方にして、あとは身体の治る力にまかせる。板前さんが、お客さんの汗のかき方に合わせて塩加減を調節するように、ほんの少し足りないくらいが調度よいのです。
それこそ身体は大喜びで薬の成分を取り込むでしょう、
ゆらぎの中で待つ
動悸、めまい、吐き気など、自律神経の働きの失調でおこる病気があります。症状がおきている時、このままどんどん悪くなるかと心配になります。自律神経の働きは上がったら下がる、下がったら上がるようにできていますので実はどんどん悪くなるということはないのです。コップ一杯の水を飲んだり、しゃがみこんだり、薬を飲んで、心配せずに、体調が戻ってくるのを待ちましょう。今はしかたないな、そのうちよくなるさと待つ姿勢が大事です。むきになってゆらぎを止めようとせず、ゆらぎのなかで待つことがやまいと向き合う極意だと思います。
鍼の通り道
鍼の素晴らしいところは、経絡という身体の中の気の通り道にすっと入っていけることです。ツボのどの一点でも、一か所に丁寧に針をさすとそこから全身にいくことができます。もちろん治すのに適した道の一点を選ぶのは大事です。しかし、達人の鍼というものは身体の表面から深奥まで、どこまでもいくことができるのだと思っています。
一本の鍼の気合
強い病邪に鍼をするときには、気合が必要な時があります。たとえば寝違えて首が回らないとき、頸椎は軽い捻挫を起こしているので局所に炎症を起こしています。このときその場所に鍼を刺すのは普通は禁忌です。鍼を刺したとたんそこに組織が絡まってきて、ひどい時には鍼が抜けなくなります。病邪が集まり炎症は悪化します。もしそこに鍼をして治す場合は、気合を入れて集まってくる邪気ごと吹き飛ばします。即刺即抜、一瞬の気合です。
やさしい鍼
やさしい鍼は羽のように触れるだけの鍼です。身体の中の流れに乗って刺激が運ばれてゆきます。優しいですが、その変化は顕著で、優しい刺激ほど強い刺激だといわれる先生もおられます。やさしい鍼は身体との対話です。どんどん身体が開いていく鍼は達人の鍼といえるでしょう。
季節に順(したが)う
順とはしたがうということ。たとえば春夏秋冬、自然界は独特のリズムで移り変わっていきます。私たちの都合で変えることはできないのです。季節に順応して生きる生活を心掛けたいものです。春は発陳というように木の芽がでる時期で、変化の季節、なにか新しいことをやりたくなりますが、慌てないように心掛けてください。苦みははやるこころを鎮静するので少量の苦みをとるといいでしょう。梅雨の時期は湿度が高く身体が重くだるくなりやすいので料理にショウガを使ったりして湿気が身体にたまらないよう心がけます。夏は暑い時期ですから炎天下の脱水に注意、十分な水分をとると同時にお腹が冷えないように注意します。秋は乾燥の季節、乾燥から咽喉を痛めやすいので加湿に気をくばります。冬は寒さの厳しい季節。身体の内も外も冷えないように注意しましょう。患者様が季節の変化についてゆけるように漢方医は患者様の身心が季節の変化にどのように対応しているかを観察して日々の暮らし方のアドバイスをすると同時に処方に加減を加えてゆきます。
流れを大切に
「ゆく川の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず」とは方丈記の冒頭の一節ですが、常に流れて留まらないのが生命の特徴です。嫌なことがあって悶々としていると身体が緊張し、気分がめいり、気の流れが停滞します。持続するストレスや衣食住の不摂生で血の流れが停滞することもあります。雨の前に身体がだるくなったり、節々や頭が痛くなるのは身体の中の水の流れが停滞しているからです。流れが停滞している時、そっと手を添えて流れを後押ししてあげると、身体の治る力によってまた自然に流れだす。いつのまにか身体がらくになっている。そんな治療ができるといいなと思っています。
不足を補う
漢方では足りないものを補うことを「補」と呼びます。一体何を補うのでしょうか。まず思いつくのは『元気』。何かをやろうとするエネルギー、やる気です。それから脈の中を流れている赤い物資。『血』です。残りは私たちの身体の2/3を占めているといわれるもの、なんでしょう?答えは『水』、漢方では津液と呼びます。津液がなければ身体が干からびてしまいます。最後は精、元気のエッセンス、生きる力を精と呼び、腎に蓄えられているといわれます。気、血、津液、精をそれぞれに補う生薬が漢方にはあるのです。どの要素が足りないかを判断して適切な『補』をおこないます。
有余をすてる
人が元気になるためには、余分なものを瀉(捨てること)はとても大切な要素です。私たちは日常を生きる上において、呼吸においては酸素を取り込み、ガス交換によって二酸化炭素を捨てます。飲食を通して必要な栄養素を取り込み、いらなくなった老廃物を汗や、尿や、大便から捨てています。身体が弱っていると栄養素を取り入れられない一方で排泄の機能も低下していることがあります。この場合、元気を補ってあげることで捨てる力もアップすることがあります。一方で現代は飽食の時代、必要以上に食べ過ぎて肥満、高血圧、脂質異常や糖尿病になる方が増えています。いわゆるメタボリック症候群です。この場合、いかに捨てるか、すなわち「瀉」が大切な問題となっています。「瀉」の漢方を飲みますと、身体が軽くなり元気になります。疲れがぬけないからといって栄養剤や「補」の漢方ばかり飲んでいると逆効果になりかねませんので注意が必要です。